日本100名城 時代別一覧
全100城 · 6区分 · 築城年つき 最終更新: 2026年9月19日
日本100名城を、その城が最も重要な役割を果たした時代で6つに分けた一覧です。築城年ではなく全盛期で分けているため、鎌倉時代に築かれた城が「江戸」に入ることもあります。見分けられるよう、各城には築城年を併記しました。
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※ この時代区分は登城記録アプリ「城道(SHIRODO)」が収録している分類で、公益財団法人日本城郭協会による公式の区分ではありません。城は長い年月のあいだ姿を変えるため、どの時代の城とみなすかには幅があります。
室町以前5城
日本100名城には、弥生時代の環濠集落から幕末の西洋式要塞までが含まれます。この区分に入る5城は、天守も近世の高石垣も持たない時代の城です。防御を担ったのは土塁と濠、そして地形そのものでした。
大野城は、白村江の敗戦のあと唐・新羅の来襲に備えて大宰府の背後に築かれた古代山城。多賀城は陸奥国府が置かれ、古代の東北経営の拠点となった城柵です。千早城は1332年、楠木正成が鎌倉幕府の大軍を相手に籠城した山城として知られます。
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室町4城
守護大名や国人領主が、平地や丘の居館を本拠としていた時代の城です。足利氏館は鎌倉時代の武士の居館の姿を今に伝え、その跡地には鑁阿寺(ばんなじ)が建っています。
根城は南部氏、湯築城は伊予の河野氏、観音寺城は近江の六角氏の本拠。観音寺城は1568年、織田信長の上洛を前に六角氏が退いて落城し、湯築城は1585年の四国攻めで開城しました。
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戦国21城
山城が最も多い区分です。攻められることを前提に、険しい山の地形を丸ごと城にしていました。上杉謙信の春日山城、武田信玄の武田氏館、朝倉氏の一乗谷城、尼子氏の月山富田城、毛利氏の郡山城、浅井氏の小谷城——戦国大名の本拠が並びます。
築城年をみると鎌倉・室町に遡る城も少なくありません。古くからの砦が争乱のなかで拡張され、本拠として完成していった経緯が読み取れます。八王子城と山中城は、1590年の豊臣秀吉による小田原攻めで落ちました。現存天守12のうち、この区分に入るのは犬山城だけです。
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安土桃山5城
城が「守る場所」から「見せる場所」へ変わった時代です。織田信長の安土城は、金碧障壁画で飾られた高層の天主を持ち、以後の城の姿を決定づけました。安土城は本能寺の変の13日後に焼失しており、その原因には今も諸説があります。
豊臣秀吉の大阪城、蒲生氏郷の松阪城、宇喜多秀家が大改修した岡山城、そして秀吉が朝鮮出兵の拠点として築いた名護屋城。わずか5城ですが、天守と高石垣という近世城郭の原型はここで出そろいました。
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江戸62城
100名城の6割を超える62城が、この区分に入ります。関ヶ原の戦いのあと大名の配置が大きく組み替えられ、各地で近世城郭の築城と大改修が相次ぎました。1615年の一国一城令によって城は原則として一国にひとつへ絞られ、残った城は幕末まで藩の政庁として維持されます。現存天守12のうち11城がこの区分に入るのは、そのためです(残る1城は戦国の犬山城)。
幕末には、外国船に備えた松前城や、稜堡式の五稜郭のような西洋式の要塞も生まれました。この区分にはまた、アイヌの人々が築いたチャシ(根室半島チャシ跡群)も含まれます。年代は16〜18世紀とされ、壕と土塁、そして海へ落ちる断崖の地形をそのまま砦にしたものです。
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琉球王朝3城
沖縄の3城は、本土とは別の歴史のなかにあります。1429年、尚巴志が三つに分かれていた沖縄島を統一して琉球王国が成立し、1879年までおよそ450年続きました。年代としては室町から江戸に重なりますが、系統が異なるため最後に置いています。
グスクの城壁は、琉球石灰岩を積み上げた曲線を描きます。首里城は王国の政治と外交の中心、今帰仁城は北山王の居城、中城城は1440年に護佐丸が移り住んだ城です。3城はいずれも「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として2000年に世界遺産へ登録されました。首里城は2019年の火災で正殿などを焼失し、復元が進められています。
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よくある質問
戦国時代の城はどれですか?
なぜ江戸時代の城が6割を占めるのですか?
築城年が鎌倉時代なのに「江戸」に分類されている城があるのはなぜですか?
この時代区分は公式なものですか?
時代で選んだ一城を、記録に残す。
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