日本100名城 一覧(全100城・地方別・公式番号順)
全100城 · 地方別 · 公式番号順
日本100名城は、公益財団法人日本城郭協会が選定した、日本を代表する100の城です。このページでは全100城を地方別に、公式スタンプラリーの番号順で掲載しています。
各城には、登城記録アプリ城道(SHIRODO)に収録されている「問い」を添えました。答えを知ってから訪ねると、同じ石垣がちがって見えます。
スタンプ帳の代わりに、スマホで登城記録を。
城道(SHIRODO)は、日本100名城の登城記録・メモ・写真を残せる無料iOSアプリ。毎朝ひとつ届く「問い」で、城の文脈を学びながらめぐれます。広告なし・アカウント登録不要。
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北海道・東北13城
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1
根室半島チャシ跡群ねむろはんとうちゃしあとぐん
なぜアイヌの人々は、断崖絶壁の先端に砦(チャシ)を築いたのか
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2
五稜郭ごりょうかく
なぜ日本最後の内戦は、西洋式の星形要塞で幕を閉じたのか
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3
松前城まつまえじょう
日本最北の城は、なぜ黒船来航の翌年に築かれた「最後の日本式城郭」なのか
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4
弘前城ひろさきじょう
落雷で天守を失った津軽藩は、なぜ200年後に「天守」ではなく「櫓」を建てたのか
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5
根城ねじょう
南北朝の争乱から約300年、南部氏はなぜひとつの城を守り続けられたのか
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6
盛岡城もりおかじょう
なぜ南部氏は、石垣だけが残るこの城で700年もの地域支配を続けられたのか
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7
多賀城たがじょう
奈良時代の朝廷がなぜ、陸奥国の最前線にこれほど巨大な拠点を置いたのか
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8
仙台城せんだいじょう
独眼竜・伊達政宗はなぜ、天守を持たない城を生涯の居城に選んだのか
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9
久保田城くぼたじょう
石垣も天守もないこの城を、佐竹氏はなぜ関ヶ原後の本拠地に選んだのか
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10
山形城やまがたじょう
最上義光はなぜ関ヶ原で東軍に立ち、東北屈指の57万石大名になれたのか
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11
二本松城にほんまつじょう
なぜ12歳の少年たちが、二本松藩のために命を落とさなければならなかったのか
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12
会津若松城あいづわかまつじょう
なぜ薩長軍と戦った会津藩士たちは、白虎隊の少年たちまで戦場に送ったのか
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13
白河小峰城しらかわこみねじょう
奥州の関門を300年守り続けた城主たちは、何のためにこの要所を選んだのか
関東・甲信越19城
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14
水戸城みとじょう
御三家・水戸徳川家がなぜ、幕末に倒幕運動の震源地になったのか
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15
足利氏館あしかがしやかた
室町幕府を開いた足利氏の発祥地で、なぜ城ではなく寺が今も残っているのか
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16
箕輪城みのわじょう
武田・北条・上杉・徳川の四大勢力が次々と奪い合ったこの城の価値とは何か
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17
金山城かなやまじょう
なぜ関東では珍しい石造りの城が、この山の上に築かれたのか
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18
鉢形城はちがたじょう
荒川の断崖に守られた難攻不落の城が、なぜ秀吉の小田原攻めで落ちたのか
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19
川越城かわごえじょう
全国に2つしかない本丸御殿が残るこの城で、なぜ藩主は御殿の中で政務を執ったのか
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20
佐倉城さくらじょう
江戸から東の守りを任された佐倉藩が、幕末に洋学の中心地となれた理由とは
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21
江戸城えどじょう
なぜ家康は、湿地だらけの辺境の地に日本最大の城を築いたのか
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22
八王子城はちおうじじょう
北条氏照が山全体に築いたこの城で、落城の日に何が起きたのか
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23
小田原城おだわらじょう
難攻不落の名をほしいままにしたこの城が、なぜ秀吉に100日で開城したのか
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24
武田氏館たけだしやかた
天下を震わせた武田信玄が、なぜ天守も石垣もない館を本拠地にしたのか
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25
甲府城こうふじょう
武田氏の滅亡後、なぜ豊臣政権はこの甲斐の地に新たな城を築いたのか
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26
松代城まつしろじょう
真田信之がなぜ弟・幸村(信繁)と袂を分かち、この地で松代藩を250年守り続けたのか
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27
上田城うえだじょう
真田昌幸はなぜ、わずかな兵で徳川の大軍を二度も撃退できたのか
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28
小諸城こもろじょう
城下町より低い場所にある「穴城」は、なぜ攻めにくい構造なのか
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29
松本城まつもとじょう
戦のない時代に、なぜこれほど黒く重く威圧的な天守が生まれたのか
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30
高遠城たかとおじょう
武田の城として恐れられたこの地が、なぜ今は桜の名所として知られるのか
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31
新発田城しばたじょう
屋根に三匹の鯱を載せるという奇異な天守を、なぜ新発田藩は建てたのか
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32
春日山城かすがやまじょう
「義の武将」上杉謙信の本拠地から、なぜ戦国最強の軍団が生まれたのか
北陸・東海16城
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33
高岡城たかおかじょう
前田利長が築いたこの城は、なぜ完成からわずか数年で廃城になったのか
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34
七尾城ななおじょう
能登の守護・畠山氏が守り続けた山城を、上杉謙信はいかに落としたのか
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35
金沢城かなざわじょう
加賀百万石の前田家は、なぜ焼失した天守を二度と建て直さなかったのか
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36
丸岡城まるおかじょう
屋根瓦が土ではなく「石」でできた天守が、現存天守でただ一つある。なぜ、ここだけ石なのか
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37
一乗谷城いちじょうだにじょう
朝倉氏が100年かけて築いた「北の京」は、なぜ1573年に焼き尽くされ、消えたのか
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38
岩村城いわむらじょう
信長の叔母が城主となり武田と戦ったこの山城に、なぜ女城主が生まれたのか
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39
岐阜城ぎふじょう
稲葉山城を落とした信長が「岐阜」と改名したとき、何を天下に宣言したのか
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40
山中城やまなかじょう
石垣を持たないこの城が、なぜ北条氏随一の要塞と呼ばれたのか
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41
駿府城すんぷじょう
将軍職を退いた家康がなぜ、この城から大御所として実権を握り続けたのか
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42
掛川城かけがわじょう
日本初の木造復元天守は、なぜ遠く土佐・高知城をモデルに甦ったのか
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43
犬山城いぬやまじょう
現存する天守の中でなぜこの城だけが、長らく個人所有の城だったのか
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44
名古屋城なごやじょう
家康が西国大名を総動員して築かせたこの城の、本当の狙いは何だったのか
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45
岡崎城おかざきじょう
天下人・徳川家康は、どこで生まれ、どこから天下取りを始めたのか
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46
長篠城ながしのじょう
わずか500人が守ったこの城が、なぜ日本の合戦史を変えた長篠の戦いの鍵となったのか
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47
伊賀上野城いがうえのじょう
藤堂高虎が築いた高さ30メートルの石垣は、誰と戦うために必要だったのか
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48
松阪城まつさかじょう
蒲生氏郷の夢が宿るこの城は、なぜ三百年後の松阪商人の繁栄の礎となったのか
近畿14城
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49
小谷城おだにじょう
浅井長政はなぜ信長の妹と結ばれながら、義兄への反旗を選んだのか
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50
彦根城ひこねじょう
廃城令の危機を乗り越え、なぜこの城だけが完全な姿で今に残れたのか
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51
安土城あづちじょう
信長はなぜ、完成からわずか3年でこの壮麗な城を失ったのか
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52
観音寺城かんのんじじょう
六角氏はなぜ難攻不落の山城を信長に明け渡し、戦わずして消えたのか
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53
二条城にじょうじょう
徳川の権威を象徴したこの城で、なぜ最後の将軍が大政奉還を宣言したのか
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54
大阪城おおさかじょう
秀吉・秀頼・家康——三人の天下人が手に入れ、三人が失ったこの城の運命とは
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55
千早城ちはやじょう
楠木正成はなぜわずかな手勢でこの山城から、鎌倉幕府の大軍を撃退できたのか
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56
竹田城たけだじょう
廃城から400年、建物は何ひとつ残っていないのに、なぜこの城跡は「天空の城」と呼ばれるのか
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57
篠山城ささやまじょう
家康がなぜ、天下普請で西国大名を動員してまでこの地に城を築かせたのか
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58
明石城あかしじょう
なぜ明石城には天守が建てられず、二つの隅櫓だけが今も残っているのか
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59
姫路城ひめじじょう
1945年の大空襲で市街地が焦土と化すなか、この城だけが白く輝き続けたのはなぜか
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60
赤穂城あこうじょう
浅野家断絶から1年後、なぜ47人の家臣は吉良邸への討ち入りを選んだのか
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61
高取城たかとりじょう
明治に天守を失ったこの城が、なぜ今も「日本三大山城」に数えられるのか
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62
和歌山城わかやまじょう
一つの城で石の積み方が三つの時代分そろって見られる。なぜ和歌山城の石垣はバラバラなのか
中国・四国22城
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63
鳥取城とっとりじょう
秀吉の兵糧攻めでなぜ鳥取城は開城したのか——「鳥取の渇え殺し」と呼ばれた惨劇の実態とは
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64
松江城まつえじょう
全国でいちばん新しい国宝天守は、なぜ60年以上も国宝になれなかったのか
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65
月山富田城がっさんとだじょう
尼子氏が170年近く守り続けた難攻不落の要害を、毛利元就はいかに落としたのか
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66
津和野城つわのじょう
山陰の小京都と呼ばれるこの城下町が、なぜこれほど文化的な薫りを持つのか
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67
津山城つやまじょう
三大平山城のひとつとして名高いこの城が、なぜ明治の世で一気に失われたのか
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68
備中松山城びっちゅうまつやまじょう
現存天守が残るこの山城は、なぜ雲海の季節になると空に浮かんで見えるのか
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69
鬼ノ城きのじょう
7世紀に築かれたこの謎の古代山城は、なぜ今も「鬼の城」と呼ばれ続けるのか
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70
岡山城おかやまじょう
姫路城が「白鷺城」と呼ばれるのに対し、なぜ岡山城は「烏城」と呼ばれるのか
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71
福山城ふくやまじょう
福山城の天守の北面だけが真っ黒だ——全国唯一の鉄板張りはなぜここに生まれたのか
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72
郡山城こおりやまじょう
毛利元就はなぜこの山城を本拠に、わずか一代で中国地方の覇者になれたのか
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73
広島城ひろしまじょう
毛利が築き原爆で消え昭和に再建されたこの城は、今何を語り継ごうとするのか
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74
岩国城いわくにじょう
錦帯橋と山頂の天守が一枚におさまるあの絶景は、本当に築城当時のままの姿なのか
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75
萩城はぎじょう
長州藩が育てた維新の志士たちは、なぜこの城下町から世界を変えようとしたのか
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76
徳島城とくしまじょう
なぜ徳島城の石垣は青いのか——全国でも珍しい阿波青石が積まれた城の秘密とは
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77
高松城たかまつじょう
なぜ高松城の堀は、真水ではなく「海水」で満たされているのか
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78
丸亀城まるがめじょう
日本一高い石垣の上に載るのは、現存天守でも指折りに小さな天守。なぜこんなに不釣り合いなのか
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79
今治城いまばりじょう
藤堂高虎がこの城で広めた天守の形が、その後の「標準型」になった。それはどんな形か
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80
湯築城ゆづきじょう
道後温泉のすぐそばに、なぜ中世の武将・河野氏は本拠地を置いたのか
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81
松山城まつやまじょう
現存する天守でいちばん新しいのは、幕末に建て直されたこの城。なぜ今さら本格天守を建てたのか
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82
大洲城おおずじょう
明治に解体された天守が、なぜ100年後に木造で完全復元されたのか
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83
宇和島城うわじまじょう
築城の名手・藤堂高虎は、なぜこの城をわざと五角形に縄張りしたのか
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84
高知城こうちじょう
山内一豊が築いたこの城でなぜ、本丸御殿と天守が揃って残ることができたのか
九州・沖縄16城
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85
福岡城ふくおかじょう
黒田長政が築いたこの城に天守があったのか——なぜ400年後も謎のままなのか
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86
大野城おおのじょう
白村江の敗戦後、大和朝廷はなぜ九州の山に朝鮮式の山城を急いで築いたのか
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87
名護屋城なごやじょう
秀吉が20万の大軍を集めたこの城は、なぜ朝鮮出兵後に廃城となったのか
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88
吉野ヶ里よしのがりいせき
弥生時代の環濠集落は、なぜ邪馬台国の謎に迫る遺跡として注目されるのか
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89
佐賀城さがじょう
なぜ幕末の佐賀藩は、日本初の実用反射炉を持つほど近代化を急いだのか
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90
平戸城ひらどじょう
南蛮貿易で栄えた平戸に、なぜ松浦氏は海を見下ろす城を築いたのか
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91
島原城しまばらじょう
松倉氏の過酷な支配がなぜ、3万7千人が立ち上がる島原の乱を招いたのか
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92
熊本城くまもとじょう
加藤清正が築いた熊本城は、2016年の地震で多くの石垣が崩れながら、なぜ櫓は崩れ落ちずに踏みとどまったのか
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93
人吉城ひとよしじょう
なぜ相良氏はこの地で700年もの間、いかなる大名にも屈せず支配を続けられたのか
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94
大分府内城おおいたふないじょう
キリシタン大名・大友宗麟の夢と野望は、なぜこの城下町で花開き散ったのか
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95
岡城おかじょう
廃城で石垣しか残らないこの城跡から、なぜ名曲「荒城の月」は生まれたのか
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96
飫肥城おびじょう
伊東氏と島津氏が100年以上奪い合ったこの城を、なぜ九州の小京都と呼ぶのか
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97
鹿児島城かごしまじょう
天守を持たない島津氏の城が、なぜ西南戦争最後の激戦地となったのか
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98
今帰仁城なきじんじょう
琉球を統一した尚氏に滅ぼされたこのグスクは、なぜ世界遺産に選ばれたのか
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99
中城城なかぐすくじょう
護佐丸はなぜ、難攻不落のこのグスクで琉球王国に謀殺されなければならなかったのか
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100
首里城しゅりじょう
2019年の火災でも正殿が全焼した首里城。それでも再建を続けるのは、なぜか
日本100名城スタンプラリーとは?
日本100名城スタンプラリーとは、公益財団法人日本城郭協会が2007年に始めた公式企画で、100名城それぞれに設置された専用スタンプを公式スタンプ帳に集めるものです。全100城を押印すると協会に登城完了の認定を申請でき、達成者として登録されます。押印に有効期間はないため、何年かけてめぐっても構いません。
スタンプラリーのやり方は?
やり方は3ステップです。公式スタンプ帳を入手し、各城のスタンプ設置場所で押印し、全城達成後に登城認定を申請します。まわる順番は決まっていないので、行きやすい城から始められます。
- 公式ガイドブック『日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき』(770円・税込)を書店・通販で入手する
- 各城のスタンプ設置場所(管理事務所・休憩所・資料館など)で、スタンプ帳に直接押印する(別紙に押した切り貼りは原則無効)
- 全100城達成後、日本城郭協会へスタンプ帳を郵送して登城認定を申請する
出典: 公益財団法人日本城郭協会(日本100名城の選定は2006年、スタンプラリー開始は2007年)。城巡りに必要な装備は城巡りの持ち物ガイドにまとめています。
スタンプの代わりにスマホで記録するには?
城道(SHIRODO)は、その旅にもうひとつの楽しみ方を足すアプリです。スタンプの代わりに登城記録・メモ・写真をスマホに残せるので、スタンプ帳を忘れた日も記録が途切れません。そして何より、各城の「なぜ?」から入る問いと物語で、文脈を知ってから城を訪ねる体験ができます。
記録はあなたの端末とiCloudにのみ保存され、開発者のサーバーには送信されません。
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